「政治学は何を考えてきたか」佐々木毅著 壮大な20世紀物語  ◇評・橋本五郎(本社特別編集委員)   グローバリズムの席巻で国家主権の空洞化は進み、冷戦後の新たな「世界秩序」はその片鱗(へんりん)さえ見せない。20世紀とはいかなる時代だったのか。21世紀を我々はどう生きるべきなのか。知力を結集して立ち向かっている。  政治学者、丸山真男はかつてこう述べたことがある。〈透徹した理性と高邁な見透しを以て正しい政治的判断を下すためには、まづ以て思潮の歴史的発達の跡をきはめることがなにより大切である〉(『丸山眞男手帖』40号)  時代を文明史的にとらえるには思想史的洞察が欠かせない。同時に、現実の政治に対する構造的で鋭利な分析が不可欠だ。思想と政治を交錯させ、融合させた結晶がここにはある。  「二〇世紀型体制」の特徴を浮かび上がらせるとともに、その解体の過程を、自由主義、民主主義とのかかわりで描いている。「二〇世紀型体制」とは、国家が経済活動をコントロールできるという前提のもとに、民主政治との二人三脚で「利益政治の膨脹」と「政治参加の利益化」が常態化した体制である。しかし、グローバル化の奔流で様相は一変、解体へと向かう。欧米の「第三の道」論や市場重視の新保守主義、新たな「帝国」論などはグローバリズムを超えようとする欧米先進国の苦闘の姿でもあった。  ところが、日本は先進国で最も遅く「二〇世紀型体制」の再検討に着手、その処理に極めて長期間奔走せざるを得なかった。バブル崩壊前の予想以上の成功に溺(おぼ)れたからであり、「市場」との闘いで国家の統治能力の欠如が露呈したからだ。グローバル化への対応で彼我の差がいかに大きかったか、実に丁寧に描かれている。  この状況を克服するにあたって政治が為すべきことは何か。「ナショナリズムや倫理主義的渇望」の行き過ぎを巧みに管理し、人類的課題など21世紀にふさわしい新しい具体的目標を提示することではないかと説く。トータルな20世紀論として最高の教科書である。(筑摩書房 2800円)   ◇ささき・たけし=1942年、秋田県生まれ。学習院大教授。前東大学長。   写真=表紙装丁