[政治の現場]参院の力(9)「身内」擁立、生き残り託す  1月23日朝8時。暖冬とは言え、日本海からの風は身を切るような寒さだ。  福井県の美浜町漁協の荷さばき場に60人が集まる。その1人、県漁協組合連合会の高橋治会長が見つめる先に、絶叫調で訴える丸一芳訓(まるいち・よしのり)がいた。丸一は全国漁業協同組合連合会(全漁連)顧問で、自民党の参院比例選公認候補だ。  「漁師は、メシが食えない。浜の皆さんに結束いただいて、我々の力を国政に持っていって、生活の安定を図らないといけない」  数十年前、福井の大船団はアジやサバを満載して港をにぎわせた。良き時代を知る高橋は「今は漁獲量も減り、単価も下がっている」と寂しげに語る。  水産業の環境は厳しい。価格は市況で左右され、下落傾向が続く。価格が下がれば、収入も減り、後継者は逃げる。漁船の燃料費高騰が追い打ちをかける。  頼る先は国だ。漁業者の所得保障を拡充する漁業経営安定策を国にまとめさせるのが狙いだ。過去の参院比例選で農業団体の推した農水官僚OBに便乗した全漁連は、初めて組織内候補として丸一を立て、それを託そうとしている。  自民党を支持する農業団体の中核である「全国農業者農政運動組織連盟(全国農政連)」も、身内を候補として擁立した。  昨年5月の予備選で、2001年参院選で推薦し、当選させた農水官僚OBの福島啓史郎参院議員の代わりに、JA全中専務理事だった山田俊男の推薦を決めた。「組織内候補ありき、の意図的な予備選だ」と憤る福島は、食品産業などの支援を受けて比例選に再挑戦する。山田は「福島さんの対応に皆、不信があった。それが予備選の結果になった。今や役所に直で依存することはほとんどなくなっている。官僚離れはやむを得ない」と反論する。  04年の参院比例選で農政連が推した元農水官僚の現職は落選した。その後、農政連とJA全中は連名で総括文書をまとめた。そこには「組織選挙が上滑りしていた」などと厳しい自己反省の言葉が並んだ。  農政連の川井田幸一会長は「JAは食と経済と医療といろんな分野がある。医師会とも経団連とも仲良くやらないといけない。外部の人だと『(JAは)どう考えているのか』と聞かれても分からない。組織代表でないと駄目だ」とする。  農協改革が政治課題に浮上するなど、逆風を意識するJAは、身内を立て、団結力を保つことで危機を乗り切ろうとしている。  比例選の前身である参院全国区は、官僚OBの自民党議員がずらりと並んだ。  井上裕・元参院議長は1980年の初当選後、全国区選出議員の顔ぶれを見て、「なぜこんなに多くの次官経験者がいるのか」と驚いた。全国区選出議員約40人のうち、鳩山威一郎・元大蔵次官に加え、農林水産、郵政、自治、建設、文部の各省合わせて約10人の次官級OBがいた。  90年代以降、政治家、省庁、業界が結束して利益を分け合う構図は、財政悪化による補助金削減や規制緩和に伴う省庁の権限縮小で崩れた。今、自民党の比例選公認候補29人のうち次官OBは佐藤信秋・前国土交通次官だけだ。  自民党の支持団体が組織内候補擁立を進める、もう一つの理由がある。  01年の参院選から導入された非拘束名簿式で、比例議員を誕生させるハードルが意外に低いことが分かってきたからだ。  非拘束名簿式では、政党名でも、候補者名でも、投票できる。だが、有権者の多くは政党名で投票するため、個人名の得票は多くない。04年参院選では、自民党比例選候補は15万票余りで当選できた。  組合員数約40万人の全漁連の宮原邦之代表理事専務は「我々の力でやれないことはない」と語る。  自民党の青木参院議員会長も組織内候補の擁立を促してきた。  青木の念頭にあるのは参院選の雌雄を決する1人区だ。農家や漁業者が多く、かつては自民党を支える背骨だった。だが、小泉前政権下で進んだ構造改革で、自民党離れが進む。  「怖いのは『海』と『畑』だ。1人区の農漁村に民主党に手を突っ込まれたら、何割かの票は取られる」  山田、丸一の擁立が決まり、青木は満足げに口にした。  「これで小沢(民主党代表)さんが少々耳にとまることを言っても、有権者には響かないだろう」  だが、党内には「党の支持団体は票を減らしている。身内でも当選が確約されているわけではない」と効果を疑問視する声もある。(敬称略)  ◇農林水産団体などの支援を受けた自民党参院比例選候補=表略